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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)604号 判決 1972年9月07日

原告

中島徹

右訴訟代理人

渡辺忠雄

被告

五島昇

外一二名

右訴訟代理人

花岡隆治

外六名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

一  原告の請求の趣旨

被告らは各自、東急不動産株式会社に対し金二〇〇〇万円およびこれに対する昭和四四年二月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告

(一)  本案前の裁判

本件訴を却下する。

(二)  本案の裁判

主文同旨。

第二  被告の本案前の抗弁

原告は本件新株発行を無効と主張し東急不動産株式会社を被告として新株発行無効確認の訴を提起している。本訴はこれと重複矛盾するもので、既判力の抵触を生ずる虞れがあるから民訴法二三一条に照らして不適法である。

第三  当事者双方の主張

一  原告の請求原因

(一)  原告は、昭和四三年三月二日東急不動産株式会社(以下東急不動産という)の株式一〇〇〇株を取得し、その後引続き株主の地位にある。

(二)  被告らは、東急不動産の取締役であるが、昭和四二年九月八日の取締役会において、全員一致で、同年五月二六日の取締役会で発行することが決議された新株二一八四万四五〇〇株のうちの一七六万六七五〇株を公募株式として、山一証券株式会社(以下山一証券という)に対し発行価額一一五円、引受手数料として一株につき五円の割合で一括買取引受をさせる旨の決議をしたが、右決議につき商法二八〇条の二第二項所定の株主総会における特別決議を経ていない。

山一証券は、東急不動産との間に前同日右公募株式買取引受契約を締結し、右契約に基づき右株式全株の申込をし、同年九月三〇日全額の払込をしたうえ、右株式の発行を受けた。

(三)  東急不動産の右新株の発行は、株主でない山一証券に対して新株引受権を付与したものであるが、発行価額一一五円、一株につき引受手数料五円とする右新株の発行は、次のとおり商法二八〇条の二第二項所定の特に有利な発行価額をもつて発行した場合に該当する。

(1) 山一証券は、本件新株買取引受契約によつて新株を引受けたものである。したがつて、東急不動産からその募集事務の委託を受けたものでも、新株の募集事務の代行者となつたものでもなく、現に、山一証券が本件新株発行の募集事務を処理したこともないから、東急不動産からその報酬として一株につき五円の引受手数料を受取るいわれはないし、また、山一証券において、売れ残り株が生じてそれを負担することになつたからといつてその保証料を受取るいわれもない。

したがつて、東急不動産の山一証券に対してなした本件新株一株につき五円の引受手数料名義の支払は、実質は発行価額一一五円を減額したものであるから、山一証券に対する本件新株の発行価額は一株当り金一一〇円となる。

(2) 本件新株発行価額一一〇円は、次の事情からして特に有利な発行価額というべきである。東急不動産の成長性は極めて高く、当時株価の値上りが目前に迫つていたこと、厖大な含み資産を存し、事業目的が時代に適しており、将来性があつたこと、現資本が過少で近々増資に伴う株主のプレミアム獲得が確実であつたこと、経営陣が優秀であつたこと等の諸条件を具備していたところからすると、発行価額決定前日である昭和四二年九月七日の東急不動産の株価の終値一三三円による新株発行の成功は決定的であつたから、それを17.29パーセントも下廻る発行価額一一〇円は特に有利な発行価額にあたる。このことは、本件新株の発行後において、その株価は著しく上昇し、しかも、本件新株に対して増資新株の割当がなされるに至つた事実からみて明らかである。

なお、本件新株の発行価額決定の資料として、決定前一週間平均の株価および一ケ月平均の株価を考慮することは、右期間における株価が山一証券によつて操作されているおそれがあるので妥当でないし、また、発行価額決定前日の株価を基準とする場合に、新株と旧株との配当差額による修正を行なうのは、信用取引銘柄の新株の市場価額が配当差額に影響を受けることなく決定されている現状を無視するもので、現に親不孝相場と称して、旧株より新株の株価が高い場合さえあるから妥当でない。

(四)  したがつて、山一証券に対する発行価額一一〇円の本件新株の発行については、商法二八〇条の二第二項所定の株主総会における特別決議を経る必要があるというべきである。しかるに、被告らは取締役として、この特別決議を経ることなく、前記取締役において本件新株の発行を決議し、それを実行したため、東急不動産に対し、公正な発行価額である一三三円と山一証券に対し発行した一一〇円の差額である二三円に山一証券に対する発行株式数一七六万六七五〇株を乗じた金四〇六三万五二五〇円の損害を蒙らせた。

(五)  そこで、原告は、東急不動産に対し昭和四三年一二月一七日到達の書面で、被告らの取締役としての商法二六六条一項五号、同二項に基づく右損害賠償責任追求の訴を提起するように求めたが、東急不動産はこれに応じなかつた。

(六)  よつて、原告は東急不動産のため被告らに対し、各自東急不動産が蒙つた前記損害金のうち金二〇〇〇万円およびこれに対する本訴状送達の翌日から右完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの答弁および主張

(一)  原告の請求原因(一)および(二)記載の事実を認める。

東急不動産と山一証券間の本件新株の買取引受契約の内容は次のとおりである。

(1) 山一証券は一七六万六七五〇株を一株につき一一五円の割合で東急不動産より買取引受をする。

(2) 右株式売出株数一七六万六七五〇株、売出価額一株につき一一五円、売出期間昭和四二年九月二一日から同月二六日までとし、株券交付日は同年一〇月二日とする。

(3) 山一証券は同年九月三〇日に右株式に対する払込金として一株につき一一五円を払込むものとする。

(4) 右株式の引受手数料は一株につき金五円として同年一〇月二日に東急不動産から山一証券に支払うものとする。

(二)  同(三)記載の主張中、山一証券に対する本件新株の発行が商法二八〇条の二第二項所定の株主以外の第三者に対して発行した場合にあたることは認めるが、その余は争う。

(1) 同(三)の(1)記載の主張は争う。

本件新株一株につき五円の手数料は、東急不動産と山一証券間の前記新株買取引受契約に基づき支払われるもので、山一証券は、右契約により一括買取引受けた新株を払込期日までに引受価額と同額をもつて第三者に売却募集をし、若し、残り株が生じた場合には自己の負担でこれを取得すべきこととなるが、これらの手数料および保証料として右五円を受領するものであるから、本件新株の発行価額とは全く別個のものである。したがつて、右引受手数料は、山一証券に対する本件新株の発行価額一一五円から差引く筋合のものではない。

(2) 同(三)の(2)記載の事実中、本件新株の発行価額決定前日である昭和四二年九月七日の東急不動産の株価が金一三三円であつたことは認めるが、その余の事実を否認し、その主張を争う。本件新株の公正な発行価額は金一一五円であり、仮に、右価額が安いとしても、少くとも、特に有利な発行価額とまではいえない。

被告らが本件新株の発行価額を金一一五円とした理由は、本件新株の発行価額決定前日における東急不動産の株価が終値で金一三三円(高値一三三円、安値一三〇円)、決定日前一週間の平均株価が金一三一円二九銭(高値一三四円、安値一二四円)、決定日前一ケ月の平均株価が一二五円四三銭(高値一三四円、安値一一〇円)で、新株と旧株との配当金の差三円七五銭を差し引き修正すると、決定前日の株価が一二九円三五銭、決定日前一週間平均の株価が一二七円五四銭、決定日前一ケ月平均の株価が一二二円一八銭であること、ほかに、当時における東急不動産の資本金(二〇億七七七万五〇〇〇円)、旧株式数(四〇一五万五五〇〇株)、新株発行数(二一八四万四五〇〇株)、現行および予想配当率(いずれも年一割五分)や当時の株式市況が同年九月一日に公定歩合一厘の引上げもあつて過去に例のない程に悪かつた事情などから、本件新株の売出期間である昭和四二年九月二一日から同月二六日までの東急不動産の株価の変動を推測したうえで、実務上の慣例に従つてその一割ないし一割五分低い額として発行価額一一五円が決められたものであり、右価額が公正なことは売出期間における旧株の高値が一二五円、安値が一二二円であつたのに、新株の高値が一二〇円、安値が一一八円であつたことからも明らかである。

(三)  同(四)記載の事実中、東急不動産が原告主張のような損害を蒙つたことは否認する。仮に、東急不動産が本件新株の発行によつて損害を蒙つたとしても、その額は「特に有利な発行価額」と「単に有利な発行価額」との差額であつて、原告主張のように「特に有利な発行価額」と「公正な発行価額」との差ではない。

(四)  同(五)記載の事実を認める。

(五)  同(六)記載の主張は争う。

第四  証拠<略>

理由

第一被告の本案前の抗弁に対する判断

成立に争いのない乙第一六号証によると、原告が東急不動産を被告として本件新株の発行についての無効確認の訴を提起していることを認めることができるが、本訴とは被告および請求の趣旨を異にするから、右確認の訴が裁判所に係属しているからといつて、本訴が民訴法二三一条に反して不適法となるものではない。したがつて、被告の本抗弁はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

第二原告の請求原因に対する判断

一原告の請求原因(一)および(五)記載の事実は当事者間に争いがない。

二同(二)記載の事実は当事者間に争いがない。なお、被告の答弁(一)記載の事実(東急不動産と山一証券間の本件新株買取引受契約の内容)につき、原告は明らかに争わないのでこれを自白したものとみなすべきである。

右事実によると、東急不動産は株主総会の特別決議を経ることなく、山一証券に対し本件新株の引受権を与えたものと解することができるから、若し、山一証券に対する右新株の発行が「特に有利な発行価額」をもつてなされたとすれば、それは商法二八〇条の二第二項に該当し、株主総会の特別決議を経る必要があつたといえる。

三そこで、以下本件新株の発行が、「特に有利な価額」をもつてなされたか否かを検討する。

(一)(一株につき五円の引受手数料につき)

前記二記載の事実および証人竹中正明、同清水博夫の証言によると、東急不動産は、本件新株の公募に際してその確実な引受による資金調達の目的を達成するために、専門業者である山一証券との間に前項記載のとおりの本件新株買取引受契約を締結し、右契約に基づく義務として山一証券に対し、新株一株につき五円の引受手数料を支払うこととなり、他方、山一証券は、右契約に基づき東急不動産に対し本件新株全株を一株一一五円で引受けたうえで、同一価額で買主を募集し、若し、募集できない残株がでた場合においては自社がこれを負担する義務を負うに至つたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右事実によると、東急不動産と山一証券間の前記新株買取引受契約は、本件新株を山一証券が引受ける形式をとつてはいるが、実質は山一証券に対する委託募集の一方法に過ぎず、したがつて、東急不動産の山一証券に対する一株につき五円の引受手数料の性質は、右契約に基づく新株の売捌手数料と、買主を募集できなかつた場合における危険負担の保険料の性質を有する正当な対価というべきであつて、原告主張のように右引受手数料の支払が本件新株の発行価額である金一一五円を実質的に減額したものであるということはできない。

もつとも、<証拠>によると、山一証券は、委託を受けた本件新株を第三者に売捌くことにつきそれ程苦労を要しないし、また、残株による危険を負担する可能性も極めて少ないことを認めることができるが、これは山一証券の証券業者としての信用、組織等を利用しての結果であるから、これをもつて、東急不動産が山一証券に対し本件引受手数料を支払うべき理由がないとはいえない。

(二)  (発行価額一一五円が特に有利な発行価額にあたるか)

(1) <証拠>によると次の事実を認めることができる。

(イ) 東急不動産は、本件新株の発行価額を決定するにつき、山一証券とは別に独自の立場から資料を収集し、本件新株の公募条件の決定日である昭和四二年九月八日において、前日である七日の東急不動産の株価が終値で金一三三円であることが判明した段階で、本件新株の払込期日までにおける東急不動産の株価動向を検討した結果、一一〇円、一一五円、一二〇円の三案を試算した。

(ロ) 右試算の理由は、当時の東急不動産の資本金が二〇億〇七七七万五〇〇〇円で、同株数が四〇一五万五五〇〇株であるが、本件公募新株発行と同時に決定された株主割当新株二〇〇七万七七五〇株が昭和四二年七月二日に株主に一株五〇円で割当られ、既に証券市場に流通するに至つており、また、当時の日本経済としては、国外では輸出の伸び悩みによる国際収支の悪化が目立ち、国内的にも設備投資の増加のため景気が過熱化し、当時、大蔵省が財政支出の繰り延べ決定する外に、同年九月一日に公定歩合一厘の引き上げをしており、その影響で証券市場における市況もいままでになく悪い状況にあることからして、東急不動産の事業目的に将来性があり、財産状況がよく、収益性も高い等株価上昇に有利な条件を加味しても、本件新株の払込期日までの東急不動産の株価が上昇する見透しはなく、下降するおそれがあつたこと、なお、右試算日前の一週間平均の東急不動産の株価が一三一円二九銭、同日前一ケ月間の平均株価が一二五円九三銭で、これにつき新株と旧株との配当差三円七五銭を修正すると右一週間平均株価が一二七円五四銭、右一ケ月間平均株価が一二二円一八銭となること、新株発行の場合における払込期日までの株価動向として、通常の場合においては新株発行価額決定日の前日における株価の一割ないし二割方上下するのが実情であること等からして、前記三案を試算するに至つた。

(ハ) 東急不動産は、右試案に基づき前同日山一証券との間に、本件新株の発行価額の折衝をしたが、その際、山一証券は最も安い一一〇円を主張し、東急不動産としては一一五円以上でも本件新株の売捌きが可能である旨を主張して譲らなかつたために、結局、一一五円の案に落着き、同日開催の取締役会において発行価額を一一五円と決定するに至つた。

(ニ) 右発行価額一一五円の決定は、次のとおり従来の実務上慣例に沿うものである。すなわち、従来の実務では、仮に新株の発行価額をその価額決定日の前日における株価によるとすれば、公募新株の市場流入による供給過剰現象のため株価は値下がりし、新株発行が成功しないおそれがあるところから、低めに決定する必要があり、通常は公募新株の買気動誘の意味も含めて、前日の株価の一割ないし一割五分程度低い額で発行価額を決定するのが慣例である。これを本件新株の発行価額一一五円に照らすと、決定日前日の株価が一三三円であるからその差は一割三分となり、また、右株価に旧株との配当差三円七五銭の修正をした一二九円二五銭との差は一割一分となり、いずれも一割ないし一割五分の右慣例の範囲内となる。

右認定を覆すに足りる証拠はない。

(2) ところで、商法二八〇条の二第二項所定の「特に有利な発行価額」とは「公正な発行価額」に比較して特に低い価額をいうが、「公正な発行価額」にあたるか否かの判断は、右認定の目的が第三者に対する新株の発行によつて旧株主の有する株式価額が低落し不利益を蒙るべきことを考慮し株主総会の特別決議を経させようとするものであるところからみると、新株の払込がその払込期間内に完全になされうる額のうちで最も高い額であるか否かにあるが、前項の認定事実によると、本件新株の発行価額一一五円が直ちに、「公正な発行価額」であるといえるかどうかは別として、「特に有利な発行価額」とはいえない。

原告の主張によると、本件新株の「公正なる発行価額」は東急不動産の収益性、成長性、資産内容等からして、その発行価額決定の前日たる昭和四二年九月七日の旧株式の時価である一三三円であり、本件新株の発行価額一一五円は山一証券に対する「特に有利な発行価額」にあたるというが、前記認定事実のとおり、当時の株式市場が極めて悪い状勢からみると、いかに東急不動産の資産状態および収益率が良好であるからといつて、発行価額一三三円による新株発行が成功したかどうかは疑わしいばかりでなく、<証拠>によると、現に本件新株の売出期間における新株の高値が一二〇円、安値が一一八円であつたことを認めることができるから、むしろ右金額では東急不動産が本件新株の発行により資金調達の目的を達することはできなかつたものと推測できる。もつとも、<証拠>によると、その後の経済状況の好転に伴い、また、株価決定の基準として株価収益率が導入されることによつて、東急不動産の株価が急上昇したことを認めることができるが、本件新株の発行価額が「特に有利な発行価額」にあたるか否かは、発行価額決定時において払込期間内における株価の動向を考慮すれば足り、これを超えた将来の株価の変動をも予測して判断しなければならないものではない。

また、原告の主張によると、本件新株の発行価額を算出する資料として、決定日前一週間平均の株価や前一ケ月間平均の株価は山一証券によつて操作されているおそれがあるので考慮すべきではないというが、本件新株発行前の右期間における旧株の株価が他より操作されたと認めるに足りる証拠はない。なお、本件新株の発行価額は、前記のように旧株と新株との配当差を修正した株価を資料として決定されているところ、原告は東急不動産のような信用取引の銘柄については配当差を無視して取引されているのが実情であるからかような修正をすべきでないという。確かに信用取引の対象となる銘柄について特殊な事情のため一時的に、ぞくに、親不孝相場と称する状態、すなわち、新株の株価が旧株の株価より高値をつける場合のあることは否定できないが、通常の場合においては、信用取引銘柄であつても新旧株の配当差が株価に影響を与えるものであるから、払込期日までの株価動向を推測する資料としては前述のような修正を施すのが妥当である。しかるに、本件東急不動産の株価につき、前述のような特殊事情を認めるに足りる証拠はない。

四してみれば、山一証券に対する本件新株の発行は、株主総会における特別決議を経る必要はないから、これが必要であることを前提とする原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

よつて、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(安岡満彦 山口和男 広田富男)

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